世事両茫茫

人生不相見 動如参與商
この出会いがなければお互いはかりしることもなかったでありましょう
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1月 30

等しく「まじめに」働いているにもかかわらず、単なる便利屋と、「信頼できる人」とは、たいていの場合異なってくる。

何か問題が発生して、たいていの場合、まず真っ先に呼ばれるのは「便利屋」であって、問題がそこで解決しても、そこから「信頼」は生まれない。問題が煮詰まって、「便利屋」には解決できない状況になって、今度はたいてい、「信頼できる人」が呼ばれる。信頼できる人が問題を解決しても、もしかしたら問題を解決できなくても、その人に対する信頼は高まって、一方で、「使えない便利屋」は舌打ちされる。

内面の「まじめさ」は、信頼の役にはたたない。

信頼は、「相手の選択肢が枯れた状況で、問題の解決を提供する」ことで生まれ、相手の選択肢が枯れ続けている限りにおいて、信頼は勝手に大きくなっていく。「問題を解決すること」それ自体は、信頼については、たいていの場合どうでもいい。

信頼を勝ち取りたいのなら、単なる便利屋でいたくないのなら、「今自分に問題の解決を依頼するこの人は、果たしてどれぐらいの選択肢を抱えているのだろう?」と考察するといいのだと思う。相手にたくさんの選択肢があるようにみえたのならば、もしかしたらまだ、その問題を解決すべきときではないのかもしれない。

DV男は相手の顔を殴る - medtoolzの本館

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